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zoom RSS 第684号10月5日水【昭和天皇御製を読む 341】御製まで 52。昭和天皇のみどり 12。

<<   作成日時 : 2011/10/05 08:53   >>

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【水曜日【禍】壇】 偉人伝。乾物と野菜と米で。

乾物と野菜と米ですませるゆゑは、冷蔵庫要らず一年を経ぬ
野菜は。新聞紙にくるみ風とおし佳きところに置け、死なず腐らぬ。は

【うたへの【窓】4】呼び捨ての、名前。よりあらはれるもの。4。

呼び捨てにもするにもキモい。ものあると、阿比留瑠比(あびる・るい)呼びし「アレ」とふモノ
……矢嶋博士、2011年10月5日(水)

阿比留瑠比は産經新聞政治部記者。官邸のキャップから、最近もう少し自由に動ける部署に移動。新潮新書から「アレ」についての批判書(というよりも弾劾)を出している。「アレ」というのは、同氏のブログ http://abirur.iza.ne.jp に出てくるモノ。名前を持っているらしいが、阿比留瑠比によると名前を書くさえも「なんだかなあ…」というシロモンで、やむなく「アレ」とそれも平仮名でなくカタカナでやっつけちゃう、というキモいモノ。ヤシマがカタカナふたつで済ませている、感覚と似たような感覚で、かも。じっさいそのオンを思い浮かべるだにおぞましいというほかないシロモン。でー。
この歌の、阿比留瑠比氏に敬称略なのは、いつもの文脈による。偉人伝には敬称をつけないのが最大の敬意をあらわす道理に基づく。偉人になれなれしく「さん」などつけるのは失礼にあたる。友達でもないのに、と相手が気を悪くするだろうからだ。
ただ、このごろのヤシマは老衰が感覚に及び、アレを漢字で表記するのに嘔吐感も喪失しつつあり、これも老衰の功徳か。もともとが汚いものフェチであった。が、しかし、アレにはまいった。汚い、が「ワシと一緒にすなッーい」と抗議するほどのモノである、からだ。長生きはするものである。ケッ。と。(どーでもよい注:アレは大江健三郎とは別モンである)。じっさい大江健三郎には枕詞のオエーオォッーエーをつけることなく表記できはしない。

【昭和天皇御製を読む 341】 御製まで 52。昭和天皇のみどり 12。 昭和29年1954年のみどり 4。
【昭和29年のみどり】4。。
……新穀 二首
ひと年のまことこめたるたなつもの捧ぐる田子にあふぞうれしき
新米(にひよね)を神にささぐる今日の日に深くもおもふ田子のいたつき

昭和天皇は新米に、にひよね。とルビをふられた。このルビこそ偉大である。ルビがなくば、読む方が、しんまい。と読む懸念を思われたのであろう。神に捧げるものであるから、あくまでも

……新米(にひよね)

と、オン。を固定された。にいよね、ではなく、にひよね。ここでは旧仮名こそがふさわしい。
そもそも、短歌形式に新仮名をつかうというのは、可能なのか。という根本的な疑儀をヤシマヒロシは持っているものである。散文においては、新仮名を今は使用している。しかし、散文においてもここはどうしても旧仮名を使いたい、という場面がたびたびあらわれる、このごろは。司馬遼太郎の「空海の風景」に一ヶ所のみ、司馬が意識的にルビを旧仮名にしたところがあり、矢嶋博士はその箇所を折にふれては見に戻るということをしている。これは或る種のフェティシズムか。下巻の冒頭である。
恵果が、密教のすべてを空海に伝授し終わったとき、恵果が呟く。

……畢(をは)んぬ

と、司馬遼太郎は表記している。瓶から瓶へすっかりと中身を移し終わったことを例えに使って。ここ、

……畢(おわ)んぬ

では、どうしようもない。と、司馬は鋭く感覚したのではなかったか。いま、手元に下巻を携行していない(マクド2階である)。あれば、この場面は丁寧に書き写すところだ。のちほどわが部屋に帰り「空海の風景」下巻を探しだし、逐一を追記する。か。
なお、矢嶋が司馬の一冊を、と言われれば「空海の風景」をあげる。司馬のすべての文体が入っている。余話も、紀行も、哲学と宗教と歴史と現在と現実と形而上への考察も。あとがきがすばらしいものである。司馬の創作の技法が示される。司馬自身は敢えて2冊といい、燃えよ剣、と空海の風景。をあげた。

……新穀 二首
ひと年のまことこめたるたなつもの捧ぐる田子にあふぞうれしき
新米(にひよね)を神にささぐる今日の日に深くもおもふ田子のいたつき

あるときの記者会見で昭和天皇は雑草について語られた。

……雑草(ざっそう)という言葉はわたしは使わないのです。どこか、蔑視の響きがする、ので。

その音感が、……新米(にひよね)のルビにかかわる。
(注:司馬の畢んぬ)
中公文庫「空海の風景」下巻32ページにある。
……空海が『御請来目録』に書いた恵果のことばは、
「今、此の土の縁、尽きぬ。久しく住すること能はず。……わづかに汝が来れるを見て、命の足らざることを恐れたり。今、則ち授法のあるあり。経像の功(しごと)、畢(をは)んぬ」
これで安心した、という、恵果のよろこびと安堵が、その溜め息とともに感じられて来るようである。

この恵果のことばを書き写して、司馬は功にしごと、畢にをは。二ヶ所のみにルビをふることをしている。尊いことである。この特に、をは、のルビがなければ、矢嶋がここまで感動して特別に記憶することはなかった。

【昨日のつづき】
【平成23年2011年1月1日 】産經新聞平成23年元旦号より。
【2010年のみどり。花、稲、災害。】
新年にあたり、宮内庁は天皇、皇后両陛下が昨年に詠まれたお歌のうち、計八首を発表した。産經新聞平成23年2011年1月1日号28面より。

【天皇陛下】 五首
……石尊山登山
長き年の後に来たりし山の上(へ)にはくさんふうろ再び見たり
……大山千枚田
刈り終へし棚田に稲葉青く茂りあぜのなだりに彼岸花咲く
……虫捕りに来し悠仁に会ひて
遠くより我妹(わぎも)の姿目にしたるうまごの声の高く聞え来
……遷都千三百年にあたり
研究を重ねかさねて復原せし大極殿いま目の前に立つ
……奄美大島豪雨災害
被災せる人々を案じテレビにて豪雨に広がる濁流を見る
【皇后さま】 三首
……明治神宮鎮座九十年
窓といふ窓を開きて四方(よも)の花見さけ給ひし大御代(おほみよ)の春
……FIFAワールドカップ南アフリカ大会
ブブゼラの音も懐かしかの国に笛鳴る毎(ごと)にたたかひ果てて
……「はやぶさ」
その帰路に己を焼きし「はやぶさ」の光輝(かがや)かに明かるかりしと

この御製、御歌については日刊短歌元旦号か翌日号に詳細。
この詳細を再掲する。あのときは朝日新聞紙の表層に怒りを発した。今は朝日新聞紙の深層への怒りが爆発中である。わが父の仇であると、確信が深まった。

矢嶋博士

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