君が代 考 二

平成27年2015年3月20日 金曜日

 奇蹟の歌
 千代に八千代に響きゆく調べ

(二)3月20日(金)
歌詞は短歌。古今集のなかにある(読み人知らず)。作詞者名不肖というのが尊いことである。奇蹟といって良い。
作曲の経緯もまたおもむきある。
明治13年1880年、宮内庁式部職雅楽課・奥好義がつけた旋律を、一等伶人・林廣守が曲に起こし、前年に来日していたドイツ人フランツ・エッケルトが西洋和声をつけた。
同年10月25日試演。
同年11月3日の天長節に初演。
明治36年1903年、ドイツで行われた世界国歌コンクールで一等賞を獲得した。

この経緯をみると、日本の明治の文明度の豊かさが浮かび上がってくる。奥好義といい林廣守といいまったく無名といっていい日本人が作曲したのだ。
この二人は江戸時代に教育を受け成人した。江戸の文明度の高さ深さ豊かさがこの二人をつくり明治という時代に花を咲かせた、いまなお荘重に咲きつづける。

 千代に八千代に

いろ褪せることのない、日々に新しい命を生み輝かせる。日本人のこころを潤し奮い立たせる。

(一)3月19日(木)
君が代は。千代に八千代に、さざれいしの いはほとなりてこけのむすまで

小石がおほいなる岩に生長しその表面をみどりに蘚が被いつくすまで。
君が代と、国民の平安の日々がつづきますやうに。この国土のいきとし生けるものが清らかに在りつづきますやうに。
 さざれ石の
この主語が、
 いはほとなりてこけのむすまで
に至る時間のおおいなること。
空間の巨いなること。
ディテールのみどりのうるはしいこと。
 君が代は千代に八千代に
かけてその理想を成就する。


矢嶋博士
写真は、
新京極派で、↓
http://shinkyougoku.at.webry.info

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