飯舘村便り313. 【九月のうた】 セブンイレブンで缶チューハイを
平成27年2015年9月22日火曜日
ドカタゆゑ、帰りのバスが寄り呉るるセブンイレブンにチューハイを買うて飲む
【九月】
9月21日敬老の日月曜日
除染作業員に祝日なければ秋晴れの 日をさきはひに仕事に出るなり
朝(アシタ)に。道を聞かば、夕(ユフベ)に。死すとも可なり 斯く生き死にせむ に
9月20日日曜日
イヒタテの山のおもての、見えぬほどをいろづにけり。秋ゆくらむか
野はススキの穂のくれなゐの白銀の靡きつくせる 秋さりにけり
9月19日土曜日
痰出すと咳き込み咳き込みしてをれば 右の肋(アバラ)が痛くなつてきぬ
9月18日金曜日
いまは十九歳十七歳になりたるわが子らの六歳九歳の夜のことに
寝相わるい 汝らのをさなき夜を一晩中 おふとんかけ直ししてわがゐたりけり
窓ゆ降る 月のひかりに 黒髪の濡れてゐたるを撫で揃へたり
汝らの 眠る辺にゐてしんしんとしんしんとしてわれはゐたるもの
イヒタテに なにゆゑかうも雨ふりつづく。きのふをけふを、コロ(殺)すつもりか ゑ
…土方コロすに刃物はいらぬ雨の三日も降ればよい (日本俗謡)
赤松の 雨にけぶる。みどり葉の いよよみどりを深めゆくなり
イヒタテの崖の小松のをさなごの みどりの柔葉(ニコハ)を、われは撫でたり
9月17日木曜日
エメラルドの内を歩みぬ。イヒタテの、奥の林にわが 目をあぐれば
わが此の世に 斯くまでの赤いろを見しことなきを、山毛欅(ブナ)の紅葉の雨に濡れつる
落葉樹のおほいなる幹の苔むして、緑青の寂(サビ)あり、神とおもはむ
わが身はも。イヒタテの神の みどりいろの胎内に棲む。とは(永遠)に生きてゐむ
コホロギの鳴き止むなき夜は コホロギは息するがごと鳴くのであらう
とびつきり上手にうたふ鳥がゐて、わが裏山にときたまに来る
9月16日水曜日
栗の毬(イガ)の四方に割れて、反りかへるゆゑは 栗の実はすべて地に落ちにけり
栗の毬(イガ)の凶悪あはれ、内に敷く白き真綿に子を抱くあはれ
たはむれにわが拾ひ来し 栗の実の一つといへどイノシシのもの
イヒタテの山の奥処(オクカ)の栗の木の 実はちひさくてはちきれむほどを
いのししは木の実求むと あしひきの山の土工にあひにけるかも
志貴皇子(しきのみこ)の御歌一首
むささびは木末(コヌレ)求むとあしひきの山のさつ夫にあひにけるかも
(万葉集巻三・269)
9月15日火曜日
くれなゐに丹穂ひ展きしススキの穂の 白髪になり果つ秋逝きにけり
イヒタテの朝の寒くなり来ぬ。暖かき缶コーヒーを抱きをりにけり
大阪へ 送りやる金の無くなりぬ。わが貧窮のきはまる秋に
山の栗の毬(イガ)割れ実の落つ、そのなへへイノシシの来て食べにけるかも
イヒタテの崖の小松のをさなごのみどりの柔葉を われは撫でたり
9月14日月曜日
セミのこゑ絶へてしまひぬ、瞑(メツムレ)ば 木の葉さやげる。秋さりにけり
9月12日土曜日
無量壽の秋のひかりは けふふくしま。の無量大数の稲穂を照らしぬ
三畳に足らぬ部屋ぬちゆ 窓の外に空の高き見つ。秋きたるらし
道に立てば、イヒタテの朝を 清冽の冷気満たしぬ。秋きたるらし
9月11日金曜日
秋空のうすあをの地に、絹雲ゆき 薔薇ににほひゆく。ゆふさりにり
秋雨のふりつづきけり 倒れゆく稲の穂見れどなすすべのなき
みちのくを重雨雲がかぶされば、鬼怒川堤防もわれらも敗れをりぬ
…土方なれば日給月給にして今週の労働日は一日を数えるのみ
9月10日木曜日
みちのくを 長雨襲ひ、秋の田の稔れる稲を倒し浸しぬ
土方(ドカタ)殺す雨の三日が、長月に九日になりぬ。暗澹と降りぬ
…先週は五日を、今週ははや四日を秋雨の襲来する儘にわれら除染作業員腐れをりぬ
叩き突く舗道の面の硬ければ、長月の雨の撥ぬシロジロと
9月9日水曜日
秋雨は山を浸しぬ。イヒタテのコホロギ溺れたりや。なきやみけり
土方コロすに刃物は要らぬ三日の雨が、九月に七日を降りつづきたり
イヒタテの畑土を掘れば、虫どものミミズらのもののあまたが這いいづる
わがまへに黒き鳶降り 廃田のあめ溜まる面(オモ)に口つけにけり
9月8日火曜日
秋の長雨にけぶれるイヒタテに 赤松の芯底濡れて、ゐたりけるかも
9月7日月曜日
「騎兵はな」秋山好古言ひき「馬のネキで死ぬるのじゃ」吹雪のなかに
…明治 年1月 沈旦堡。ロシアの森のごとき大軍を前に全滅しつつ防御せし麾下の兵に
…ネキといふのは、そば、といふ意味の伊予言葉である。と司馬遼太郎は「坂の上の雲・四」書いている。が 大阪でも傍(そば)の意味で「ネキ」を使う老人がいた。伊予の出であったか。
9月6日日曜日
岩手のひと「ヤシマサン 平泉へ」連れて行つてあげる。言ひ呉れしを喜びをりぬ
…早ければ九月中旬にも、彼は我と同い年の六十七歳、除染作業員同僚なりけり、今回、冬服を取らむと平泉へかへると言ひそのクルマにヤシマサン同乗せよ。と言ひ呉れしものなり、平成27年2015年。
みちのく(陸奥)の 地と人びとの あをあをし大空のもとに、おほいなるかな や
わが歌の 此処みちのくのイヒタテに、ある飛躍成せし 疑ひあらね
夏草や兵どもが夢の跡
…高館の丘北上川衣川
五月雨の降り残してや光堂
…中尊寺金色堂
芭蕉、元禄2年1689年
イヒタテの山越してくるまつ白き雲、を愛する。おほいなるもの を
ふくしま。の道をしゆかば、秋の田の黄に熟れゆきぬ。泣けとばかりぞ
妖精とは 斯くなる者か、イヒタテの 森に生えをるキノコものども
イェーツは ラフカディオ・ハーンは ジョナサン・スイフトは これらを愛蘭土の森に見し者
9月5日土曜日
きのふには 極彩色の紅天狗見つ、けふ 名を知らぬ無彩のキノコ見き
イヒタテの空。積乱雲生(ア)れ 魂魄の噴きのぼりたち流れけるかも
熊手持つ手を止め空をあふぎみては 秋の雲ゐてしづかなりけり
雨晴れてのちの晨(アシタ)を イヒタテの山にのぼりゆく空の 青み へ
九月五日の朝の道に イヒタテの気の冷えたれば 黄の葉落つるも
イヒタテの黒森の奥。真紅の真オレンジの神ベニテングダケ生(ハ)え
…写真は、新京極派で、↓
…http://shinkyougoku.at.webry.info
無量寿の赤松の辺に、大数の松茸密みをらむ。イヒタテの山
9月4日金曜日
さまざまの姿になりて、ひとつといへ同じもの無きを みな赤松である
赤松を スマホでは撮れぬ。赤松はあぶらゑのぐでゑがくほかは無き
ゆふひ浴び立ちつくしゐる赤松。の 幹の膚(ハダヘ)の あかきいろはや
Vincent van Gogh に赤松の絵なきを、訝しつくしわがかへりをりぬ
9月3日木曜日
お世辞にも、上品と褒める姿ならず。葛の花みれば、あはれとおもふ
…狆がクシャミしたやうな貌して咲ける、葛の花みればあはれなりけり
たけだけし叢(クサムラ)縫ふて まむらさきのアザミ咲きいづる。秋来たるべし
ほそほそとちひさき細き花の咲いて 除虫菊白き秋さりにけり
緑金に茅(カヤ)の穂ひらき、赤金に熟れゆきにけり。イヒタテの空に
切り倒す茅といへど 力ありて、地に穂を熟らす あはれなるかなや
葛の葉を秋風揺らし、ひるがへる葛の白葉の見えにけるかも
秋の田の色づきにけり。福島。に 金の稲穂の立ち儘くせる 見ゆ
9月2日水曜日
をみなごの紅ひくクチビル ゆふべきて匂(ニホ)ひ顕(タ)ちゆきぬ白粉花のはな
…淡路の小径
紫のクチビルひらき 道に落ち紅き口あく。葛(クズ)の花を踏む
…飯舘村の道・平成27年2015年
赤松に纏はりつきし葛の蔓(ツル)のむらさきに花、咲きにけるかも
山土の雨に濡るるへ、イヒタテの 葛の花の紅く散りにけるかも
【釋迢空折口信夫】
葛(クズ)の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり
…海やまのあひだ・大正13年1924年 巻頭歌
【昭和天皇御製】
葛の花
篠竹にまとふまくずのはなのいろくれなゐにほふ那須野の秋は
…昭和29年1954年
9月1日火曜日
この七日を雨ふりつづけり。イヒタテの 赤松の膚(ハダヘ)のひかりあたらしき
午前午後を 雨中に働き、ゆふされば霧に暗む道を われらかへるなり
うすぐらき林の奥に 草ひくと、イヒタテの地の明かるく なれり
矢嶋博士
写真は、
新京極派で、↓
http://shinkyougoku.at.webry.info