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zoom RSS 第465号2月27日日 【 昭和天皇御製を読む121 】ここに住む生物いかになりゆくらむか。

<<   作成日時 : 2011/02/27 06:03   >>

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【日曜日【禍】壇 】 偉人伝31。桂枝雀。くっしゃみ講釈。

ふんぐゥッくすきすんぬふヴォほハックびしョーん桂枝雀くつしやみ講釈す

「ツケマさー、重くねー」日本女が言ひけるは、つけ睫が重くないかい

PACHINKO SLOT PREMIERE上の暗黒に三日月出て…雲に隠されぬ

糠床におのずからなるあぶら涌きてわが手の甲の皺艶めける

真鯖マサバの。二枚おろしが298円で…購ひマクドに寄り歌にせりけり

塩に絞めご飯を炊きて酢に締めて…二十時過ぎには食ふあらなむか

【阿川弘之にわが意を得る 23】『軍艦長門の生涯』を読む 5。
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』『坂の上の雲』は産經新聞連載であった。
阿川弘之の『軍艦長門の生涯』が産經新聞連載であった。
漱石のほとんど全部が朝日新聞連載であった。
新聞連載小説の偉大な時代は永遠に去ってしまった。ふたたびを、過去の栄光を取り戻すことはあるまい、とおもわれる。

……上巻256ページ。海軍の右翼かぶれの将校が犬養毅首相をピストルでで暗殺した、というのが昭和6年5・15事件である。あの、海軍にもファシズムの病巣は深く進行して来ていた。軍縮をせずにどんどん軍備を増強せよ、アメリカをやっつけろ、議会は文句を言うな。陸海軍が統帥権を行使する、これに楯突くやつは、統帥権の干犯であるという気違い論理のなれの果ての始まり始まりである。以下、『軍艦長門の生涯』原文から。

亡くなった犬養毅の後継内閣については、鈴木侍従長から西園寺公に伝えられた「陛下の御希望」の中に、
「ファッショに近きものは絶対に不可なり」
という一条があった。そのため、人選が難航して、結局海軍の長老斎藤実るに大命が降下した。岡田啓介大将が、斎藤内閣の海相に就任した。

(矢嶋=この「ファッショに近きものは絶対に不可である」の「一条」こそは、昭和天皇の喉から血を吐くほどの叫びであっただろう。陸軍の傀儡は絶対不可である。という。が、井上成美、山本五十六、米内光政の言う「ナイヤガラ瀑布の2、3丁手前で流れに逆らってボートを漕いでいる」状態になっていた。国民も朝日新聞などの瀑布報道に流されていた。が、この辺の軍部の詐欺詞的言動をみれば、吐き気無しにはおれない。菅仙石鳩小沢級が日本を占領していたとしか言い様のない不快さである。)
【司馬遼太郎『風塵抄 二』から】
中公文庫版 (2000年1月発行) は巻末に司馬の死前後の経緯が書いてあり(産經新聞風塵抄担当福島靖夫記者)、原初版にはない趣を読むことができる。その30、31ページ。阿川弘之とはやはり少し違う文体である。司馬の晩年の散文は、極度の単純にある。散文の裸。新聞コラムの究極の文体か。

日米戦争は、海軍が陸軍にひきずられた形になった。……。
要するに、太平洋戦争は、軍事的にはリアリティの薄いものだった。
とくに、国土防衛が主眼だった日本海軍にとって、その固有の運動思想から大きくはずれていた。
「私たちは、そのようには作られていない」
と、海軍は陸軍にどうして正直に言わなかったのだろう。
むろん、そのことが、もし“情報公開”されていたら国民も納得し、戦争などおこらなかったはずである。
(1991年平成3年12月8日・真珠湾 2. )
……同25、26ページ。
開戦の2ヵ月前、近衛は辞職してしまった。
陸軍は元気を得、海軍を抱き込んだ。海軍首脳の心ある者(たとえば米内光政や山本五十六)は日本の滅亡を予感しつつ、結局、同調した。
あとは、真珠湾攻撃になる。
政治も言論も、つねに正気でなければならないという平凡なことを、ー 国民を酔わせると大崩壊まで醒めないということを ー 日本も世界も、高い授業料を払って知ったのである。
(1991年平成3年12月7日・真珠湾 1. )

(矢嶋=阿川弘之を読めば、海軍の真髄はそのように言っていたのが如実にわかる。が、言えない腑抜けの海軍大臣嶋田某などが肝心の時に大臣なんかになっていた。新聞は当時の朝日新聞をはじめ全紙がその“情報公開”を阻む体のものであった。米内光政、井上成美、山本五十六などは、ナチ陸軍からいつ暗殺されてもおかしくない、という状態にいた)。
(矢嶋=司馬はこの稿の最後を次のように締め括っている。こちらが大切であろう。鳩菅小沢仙石天下り官僚にもう授業料は払えない。)

私は、ふるい戦争ばなしをしているのではない。こんにちの日本について考えている。
どの程度、旧日本の殻を脱したかを検証したい気分でいる。
(1991年平成3年12月8日・真珠湾 2. )

(矢嶋=2011年2月26日日曜日午前4時、である。今。こんにちの日本はどうか。史上最低能の菅とうモンが首相である。東條英機という高校生低学年ほどの頭が太平洋戦争をおっぱじめて日本を滅ぼしたのは80年ほど前か。いま、東條ほどにもない脳味噌の鳩山菅というモンがふたたびこの国を滅ぼすことのみに行動中である。朝日新聞がそれを後押ししている、というのも80年前と変わらない。この馬鹿どもはいつまでいるのだろう)。

【昭和天皇御製を読む 121】 ここに住む生物いかになりゆくらむか。
昭和38年1963年。62歳。14首。
……山口 岡山 兵庫県の旅。秋芳洞 二首
若き日にわが名づけたる洞穴にふたたびは来てくだりゆかむとす
洞穴もあかるくなれりここに住む生物いかになりゆくらむか
……笠山 三首
そのむかしアダムスの来て貝とりし見島をのぞむ沖べはるかに
秋ふかき海をへだててユリヤ貝のすめる見島をはるか見さくる
波たたぬ日本海にうかびたる数の島影は見れどあかぬかも

自然の景色を見るとき。自然の生物をみるとき。昭和天皇の感覚は生き生きとしてくる。しかしこれは、人間すべての性情か。
コンラート・ローレンツの『ソロモンの指環』にあったか。博物学者の幸福について。一日中、鳥を眺めている。芝生かなんかに寝そべりながら。「観察」が勉強でありそれを深めてゆくのが学問である、という。ここを読んで心底うらやましかった。来世は博物学者になるへしや、と思った。昭和天皇は海洋生物の分類学を専門にする、科学者であり博物学者である。天皇のこころの奥底に、そのような状況を心底幸福とする、者が棲んでいる。これは確実にそうだと、いえる。御製のかずかずがそれを証明している。

……ここに住む生物いかになりゆくらむか

この直截の文体は、ヤシマヒロシを狂喜させる。無邪気の純真の科学者としての心情の吐露。むき出しの愛情といっていいもの。昭和天皇裕仁という人間の裸のこころ。短歌的、御製的という因習をきれいさっぱり拭いきってする、アヴァンギャルドの文体の堂々たる、

……提示

にヤシマヒロシは狂喜する。永遠の少年のこころの輝きを見て、たれが狂喜せずにおれるか。

……洞窟も/あかるくなれり/ここに住む生物/いかになりゆくらむか
……洞窟も/あかるくなれり/ここに住む・生物/いかに・なりゆくらむか

【 / 】【 ・ 】の句またがり、切れの縦横無盡をいろいろ楽しませる、目と耳とに。アダムス、ユリヤ貝、見島、などの固有名詞のあかるく響く。歌の表面に目を喜ばせ、調べに耳を楽します。

そのむかしアダムスの来て貝とりし見島をのぞむ沖べはるかに
秋ふかき海をへだててユリヤ貝のすめる見島をはるか見さくる
波たたぬ日本海にうかびたる数の島影は見れどあかぬかも

波たたぬ/日本海に/うかびたる/数の島影は/見れどあかぬかも
5/6/5/8/8

第2句の6オンの1オン減オンに狂喜する。昭和天皇御製において、非常に数の少ない、減オンである。ひょっとすると、いままでで唯一の出現例ではないか。数を合わせるために「日本海にぞ」などという俗は排除される。堂々と天真爛漫にゆくのである。

……日本海に

第4句結句の8オン、8オンのふたつ繋がる1オン増オンに深くこころを入れ、読むスピードを落として読み、おおらかにアンダンテで、調べを耳にこころに沁みこませる。
短歌は可能である。こう、思わざるを得ない。この大きな叙景歌を前にして。言葉は言語は日本語は古びない。古びる陳腐化するのは使う方に問題があるのだ。

……横須賀線および三池炭鉱の二大事故
大いなる禍マガのしらせにかかることふたたびなかれとただ祈るなり

昭和38年の御製は以上の14首である。
遊軍・在日 Irishry・矢嶋博士

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昭和天皇独白録 (文春文庫)
文藝春秋
寺崎 英成

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