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zoom RSS 第613号7月25日月【昭和天皇御製を読む 269】水のまがにくるしみぬきしみちのくの山田もる人をあ

<<   作成日時 : 2011/07/25 15:01   >>

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【月曜日【禍】壇】 正義は必ずおこなはれる。カン地獄のすでに畢(をは)んぬ。フクシマよ全東北よ

よるをゆけば白粉花さきをりぬらし。おしろいばなにほひわれを包める

月光(つきひかり)におしろいばな黒く開きをりて夜ふかくなるにつれてにほふも

淡路のや線路肩荒れ地に凶暴なる雑草として茂るおしろいばなは、見む

梅田 PRONTO 喫煙室の机と椅子の高さが絶妙!。原稿捗ること

戦後して日本の老婆が日の丸の小旗を抱きて昭和天皇迎へゆく。見つ

正義は必ずおこなはれる。カン地獄のすでに畢(をは)んぬ。フクシマよ全東北よ

【昭和天皇御製を読む 268】 うれはしき病となりし弟をおもひつつ秘めて那須に来にけり。成宮に声たててなくほととぎすあはれにきこえ弟をおもふ
昭和61年1986年。85歳。十四首。

……高松宮 二首
うれはしき病となりし弟をおもひつつ秘めて那須にき来にけり
成宮に声たててなくほととぎすあはれにきこえ弟をおもふ

(つづき)
【高松宮妃喜久子さまの『菊と葵のものがたり』(中央公論社1998年)、13ページから。】

喜久子さまは徳川慶喜の孫に当たられる。司馬遼太郎の『最後の将軍』とは慶喜のことである。その司馬遼太郎に『高松宮日記』の推薦文を頼んだ時のエピソードを、文藝春秋平成10年8月号掲載のインタビューから。

妃殿下=司馬さんには『高松宮日記』出版の推薦文を書いていただいたので、そのお礼が言いたくて、亡くなられる少し前に一度お会いしました。その時お日記関係の資料の一部をお見せしたら、

……眼光烱々(ケイケイ)

としてきて、司馬さんのその顔見て、私は驚きました。ほんとにすごかった。それが非常に印象に残っています。もう少し生きていてほしかった方ですね。

矢嶋=この ”眼光烱々ガンコーケイケイ ”こそは司馬遼太郎を一言であらわしていて見事である。司馬遼太郎はその時天地に我とその資料のほかのナニものも無く、していた。一種の宗教的の恍惚感の宙に浮いていた。まあ、司馬の書物への対し方は子どもが気に入ったおもちゃをガンとして放さないというところがあった。司馬もまた永遠の少年であった。昭和天皇がそうであられた。稀有のことである。この高松宮妃喜久子さまもこの本をよんでいると永遠の少女のように書き話される。高松宮その方もまた永遠の少年であられたこともわかる。軍部への嫌悪感反戦平和を願う民主主義者としての思想が揺るぎない。昭和天皇と共通の思想を保持されていた。これは誇りとしてよいとおもう。とくにこのごろの日本人の特に政治屋の暗黒面がわが目を腐り果てさせるのみをする時に。

阿川弘之=そういう宮様を尊敬し、一の子分を名乗っておられる方がヒゲの殿下、三笠宮寛仁親王でございましょう。あの方が「高松の伯父様のお直話」として、世間に紹介していらっしゃる言葉がありまして、

……我々皇族は基本的に国民のみんなが守ってくれている。守られていたからここまできているので、護衛官を仰々しくつけたり装甲車を張り付けたり、そういう必要はまったくない。もしそうしなければ守れないような皇室だったら、もう何百年も前に滅んでいる。

僭越ながら、私も強い共感を覚えます。宮様の部下思いのいろんな逸話なんかも、こういうお考えが根底に流れているからであって、付け焼刃ではありませんね。
最近聞いた話では、橋本総理が旅行に出る時必ず『高松宮日記』を持ってゆくとか、歌手の三波春夫さんが愛読しているとか、編纂のお手伝いをした者としてはまことに嬉しく心強く思っております。
妃殿下=ありがたいことですね。


【美智子皇后さまの御歌】 日刊短歌2010年5月28日付け第192号参照。
……硫黄島 平成7年1995年
銀ネムの大木繁りゐる島に五十年眠るみ魂かなしき
……サイパン島 平成17年2005年
いまはとて島果ての崖踏みけりしをみなの足裏思へばかなし
……神戸 平成17年2005年1月
笑み交はしやがて涙のわきいづる復興なりし街を行きつつ

【昭和天皇御製から】 全東北へのYELL。としての。
……東北地方視察(昭和22年1947年)
水のまがにくるしみぬきしみちのくの山田もる人をあはれと思ふ

……東北地方視察の折に 福島県(昭和27年1952年)
秋ふかき山のふもとをながれゆく阿武隈川のしづかなるかな
うつあぐる花火うつくし磐城なる阿武隈川の水にはえつつ
……宮城県
島島もかすかに見えぬあさ霧のふかくこめたる松島の海
水きよき広瀬川べの谷ぞひは木々のもみぢに美しきかな
うすくこく木々のそめたるみちのくの面白山のあたりすぎゆく
……山形県
豊年のしるしを見せてうちわたす田の面はるばるつづく稲づか
ありし日の母の旅路をしのぶかなゆふべさびしき上(かみ)の山(やま)にて

……岩手県(昭和29年1954年)
さきの旅路今また過ぎてくらぶればゆとりのあるが見えてうれしき
たへかぬる暑さなれども稲の穂の育ちを見ればうれしくもあるか

……宮城県植樹祭(昭和30年1955年)
茂れとし山べの森をそだてゆく人のいやつき尊くもあるか
……宮城県黒川郡大衡村
日影うけてたちかがよひぬ春の雪きえし山辺に植えたる松は
……松島
春の夜の月のひかりに見わたせば浦の島じま波にかげさす

……山形 福島県の旅(昭和35年1960年)
人びととしらはた松を植えてあれば大森山に雨は降りきぬ
実桜の花にまじれるりんごの花田づらの里は咲きにほふかな
……山形県植樹祭
鍬を手に苗植え終へて人々のするそのさまを見るが楽しさ
……蔵王山麓の植樹
雨の中鍬を手にして人々と苗木植えゆく大森山に
……上山の宿にて
樺色のれんげつつじは若葉さす湯宿の庭にあざやかに見ゆ
……米沢市
国力(くにぢから)富まさむわざと励みつつ機(はた)織りすすむみちのくをとめ
……飯坂の宿
たぎちゆく摺上川の高ぎしにかかりてにほふふぢのはつ花
……汽車中にて
そびえたつ安達太良山(あだたらやま)に白雪の残れるさまを汽車に見て過ぐ
……福島県庁の屋上より吾妻連峯を
見わたせばつらなる峯に白雪の残りてさむしみちのくの空

……福島県視察 翁島の宿にて(昭和36年1961年)
んつかしき猪苗代湖を眺めつつ若き日思ふ秋のまひるに
……赤井谷地にて
雨はれし水苔原に枯れ残るほむろいいちご見たるよろこび
……磐梯吾妻スカイライン
さるをがせ山毛欅(ぶな)林の枝ごとに垂るるを見つつ道のぼりゆく
……温梅の宿にて
雨けぶる緑の山は静かなり庭の山かと思ひけるかな
……十和田の宿
十和田の湖(うみ)波風立たず夕まけて山はあかねにいろかはりゆく
……十和田遊覧船
おもしろき物語するたをやめのこえを聞きつつ五色岩見る
……秋田国民体育大会
暖かく秋田の人に迎へられてここに正しくきそふ若人
……湯瀬の宿にて
深谷の岩のはざまを流れゆく米代川の水は澄みにけり
……花巻温泉
打ちならす太鼓を胸にをのこらは鹿のふりしてをどりけるかな
……小河内ダム
水涸(みが)れせる小河内のダム水底にひと村あげて沈みしものを

(つづく)
矢嶋博士
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